東京地方裁判所 平成8年(ワ)17110号 判決 1999年7月27日
原告(反訴被告)
加藤晴彦
右訴訟代理人弁護士
田邊雅延
同
市野澤要治
同
佐藤三郎
被告(反訴原告)
中村俊彦
右訴訟代理人弁護士
近藤文子
主文
一 原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間において、別紙物件目録(一)三記載の土地の内、同目録五記載の土地以外の部分について、被告(反訴原告)が通行権を有しないことを確認する。
二 原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。
三 反訴原告(被告)と反訴被告(原告)との間において、別紙物件目録(一)五記載の土地部分について、反訴原告(被告)が囲繞地通行権を有することを確認する。
四 反訴被告(原告)は反訴原告(被告)に対し、別紙物件目録(一)五記載の土地部分に存する別紙図面(二)の青斜線及び青線の部分に記載の玄関の一部及び塀、植木等の妨害物を撤去せよ。
五 反訴被告(原告)は、別紙物件目録(一)五記載の土地部分につき、工作物その他の妨害物等を設置するなど、反訴原告(被告)が右土地部分を通行する妨げとなる一切の行為をしてはならない。
六 反訴原告(被告)その余の請求を棄却する。
七 訴訟費用は、本訴、反訴を通じてこれを五分し、その四を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 本訴請求
原告(反訴被告。以下「原告」という。)と被告(反訴原告。以下「被告」という。)との間において、別紙物件目録(一)三記載の土地について、被告が通行権を有しないことを確認する。
二 反訴請求
1 被告と原告との間において、被告が別紙物件目録(一)四記載の土地部分につき、囲繞地通行権を有することを確認する。
2 原告は被告に対して、別紙物件目録(一)四記載の土地部分に関して、別紙図面(三)の斜線及び朱線部分に記載の玄関の一部及び塀、植木等の妨害物を撤去せよ。
3 原告は、別紙物件目録(一)四記載の土地部分につき、工作物その他の妨害物などを設置するなど、被告が右土地部分を通行する妨げになる一切の行為をしてはならない。
第二 事案の概要
一 本件は、(1)公道に接する土地を所有する原告が、右土地との共有物分割により袋地となった土地を取得した被告に対し、原告の所有土地に人の通行に必要な範囲の囲繞地通行権の存することを認めつつ、その余の部分の通行権の存在しないことの確認を求めた事案(本訴請求)並びに(2)被告が原告に対し、原告の所有土地上に、建築基準法令上建物建築に必要な範囲(幅員)の囲繞地通行権を有することの確認及び右土地上の妨害物の撤去、右土地の通行妨害行為の禁止を求めた事案(反訴請求)である。
二 争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実
1 原告は、別紙物件目録(一)一記載の土地(以下「原告土地」という。)を所有し、被告は、原告土地の南側に隣接する別紙物件目録(一)二記載の土地(以下「被告土地」という。)を所有している。
原告土地及び被告土地は、JR恵比寿駅の東南約一キロメートルにある木造一般住宅が所在する地域に位置し、地目はいずれも宅地である(甲一、二、一〇ないし一二)。
2 被告土地は、周囲を原告ほか他人所有の土地に囲まれ公路に通じない袋地である。
3(一) 原告土地及び被告土地は、もと訴外加藤重正が所有する一筆の土地であったが、同人は昭和三三年七月一七日死亡し、相続により、原告、訴外安積公子及び訴外滝沢田鶴子の三名により共有されていた(乙三)。
原告は加藤重正の養子かつ孫であり、滝沢田鶴子は加藤重正の子である滝沢一郎の妻(原告の母)であり、安積公子と原告は親戚関係にある(甲一五、一七、原告本人)。
(二) 昭和三六年九月一五日、右土地は共有物分割により、原告土地を原告が、被告土地を安積公子が所有することとなった。
原告土地は公道に面した面積422.28平方メートルの土地であり、被告土地は公道に接しない面積209.12平方メートルの土地である(甲一ないし三)。
(三) 被告土地は、その後、①昭和六二年三月一三日訴外安積健夫に相続され、②同六三年三月二五日売買により訴外城宝ギフト株式会社に所有権が移転され、③同年四月三〇日代物弁済により訴外株式会社カントーに所有権が移転され、④最終的に平成六年一二月二日競売による売却により被告が所有するに至った。
(四) したがって、被告は原告土地について、囲繞地通行権を有する。
4(一)(1) 原告土地上には、現在別紙物件目録(二)一及び二記載の建物が存在する(以下各「原告第一建物」、「原告第二建物」という。)。
(2) 原告第一建物は、昭和三六年ころ原告の実父である訴外滝沢一郎によって新築され、同年一二月二七日同人を所有者とする所有権保存登記がなされた(甲六)。
(3) 原告第二建物は、現在原告の実姉である訴外滝沢李子が居住しているが、昭和四一年一二月二〇日ころ別紙物件目録(一)二記載の被告土地上に、前記滝沢一郎によって新築され、同四二年四月一〇日同人を所有者とする所有権保存登記がなされたが、その後昭和五五年ころ後記のとおり別紙物件目録(二)三記載の建物が新築される際、原告土地上に移築された(甲七)。
原告第二建物の建築は、建築主を滝沢一郎として、昭和四一年九月に、原告第一建物の付属家(住宅)として、増築の確認申請を半し、同月確認がなされた(甲一七)。
(4) 滝沢一郎は平成二年五月一一日死亡し、同年一〇月一九日の遺産分割協議により原告第一建物及び同第二建物は相続により原告が取得し、平成九年三月二五日原告に所有権移転登記がなされた。
(二)(1) 被告土地上には、現在別紙物件目録(二)三記載の建物が存在する(以下「被告建物」という。)。
(2) 被告建物は、昭和五五年五月二一日安積公子の子である安積健夫により新築され、その後所有権は転々としたが、平成六年一二月二日競売による売却により被告土地と共に被告が所有するに至った(甲八、乙四)。
(3) 右建物の新築にあたり建築確認申請書に添付された図面では、①原告土地の東端の幅員三メートルの土地部分が通路として記載され、②被告土地上に存在した原告第二建物は除却する、③原告土地上に存在した原告第一建物の東端の一部(玄関部分2.92平方メートル)を除却する、④原告土地上の原告第二建物の南側に存在した建物は除却する旨記載されていた(乙五、一〇)。
5(一) 被告土地は袋地であり、原告土地を介して公道に接する場合の路地状部分の長さが二〇メートルを超えるものである(甲一四)。
したがって、建築基準法四三条一項の接道義務を満たすために必要な幅員は二メートルであるが、現行の東京都建築安全条例三条一項で要求される幅員は、建築物の延べ面積が二〇〇平方メートル以下のものは三メートル、二〇〇平方メートルを超えるものは四メートルである(乙六の一ないし三)。
(二) 現況の通路は原告土地のほぼ東端・L字状に存在するが、これを原告土地の東端・直線状とし、東端からの幅員を1.4メートル、二メートル、三メートル及び四メートルに取った場合の原告第一、第二建物及び公道と原告土地の境界にある塀との位置関係は別紙図面(二)及び(三)のとおりである(鑑定の結果)。
(三) 本件で囲繞地通行権の存在する場所は、原告土地の東端・直線状(原告土地の東側に存在する隣接地との境界のブロック塀と平行する直線)とすることについて、当事者双方は異議がない。
三 (争点)
原告土地について、被告が有する囲繞地通行権の範囲、特に幅員
1 原告の主張
(一) 囲繞地通行権の通路の幅を決定するには、従来の袋地及び囲繞地双方の利用状況、利用の目的、社会経済上の必要性等から客観的に判断されなければならない。
(二) 被告土地の所有者は、従前、公路に至るために、原告所有土地の東側のブロック塀沿いの通路を通行していた。右通路には原告第一建物の玄関の前に大谷石でできた塀があり幅約0.7メートルの木戸が取り付けられていたが、被告は右大谷石の塀及び木戸を勝手に取り壊し木戸の存在していた部分の通路を幅約0.9メートルに拡げた。前記ブロック塀沿いの通路には樹木や庭石等があるため、実質的に通行の用に供されている部分の幅は、最も狭い部分では約1.2メートルである(前記木戸の部分を除く。)。右の通路幅に若干余裕を与えた1.4メートルの幅があれば、自転車の出し入れや荷物を手に持っての通行が可能であり、囲繞地通行権を有する者(被告)のために必要十分である。
他方、従前から通路として利用されてきた原告土地の東側ブロック塀沿いの場所に囲繞地通行権を認めることが原告土地にとって損害が最も少なく、特に建物の位置関係からしてこれ以上の幅で通行を認めることは困難である。
したがって、通路の幅は1.4メートルが相当である。
(三)(1) 被告は、囲繞地通行権の通路の幅を決定するためには被告土地の現況が宅地であることから宅地としての用途を全うさせるために、建築基準関係法規による制限を斟酌するべきであるとし、建築基準法四三条及びこれに基づく東京都建築安全条例により、原告土地につき被告所有土地のために幅四メートルの通路の開設を求めることができると主張する。
(2) しかしながら、建築基準法四三条一項の規定は、公益上の行政目的から建物建築のためその敷地の用法を制限しているもので囲繞地通行権の決定に直接制約を及ぼすものではない。そうであるとすれば、囲繞地通行権の範囲は建築基準法の制約によって決定されるべきではなく、相手方とその家族の日常生活に支障を生じない程度をもって必要かつ十分と認められる限度で決定するのが相当である。
(3) 原告土地と被告土地の共有物分割協議が成立した昭和三六年一〇月ころ、原告第一建物は建築途上にあり、ある程度完成に近づいた状態であったこと、並びに、原告第一建物は建築当時から玄関部分が出ているため通路幅としては二メートル程度の通路しか開設できなかったもので、事実その後の利用状況としても二メートル程度の通路でしか使用されてこなかったことからすると、共有物分割当時において既に原告第一建物の玄関部分を取り壊すことを前提として分割協議がなされたとは考えにくく、その後も玄関部分の取り壊しはなくその請求もなかったのであるから、原告、滝沢田鶴子、安積公子の三者の分割時の合理的な意思解釈として、共有物分割の前提とされた通路幅は、高々二メートル幅程度を前提としていたと考えざるを得ない。そうした場合、将来建築基準法等の規制により被告土地に建物を建築することに支障を及ぼすおそれがあるが、共有物分割時に客観的にかかる再築不可の支障のあることを判っていたにもかかわらず、敢えて共有物の分割として土地の分筆をした以上その当事者及び承継人がその不利益を受けてもやむを得ない。
(4) 被告土地が接道義務を満たしている場合の時価は一億四六四〇万五〇〇〇円となるところ、被告はこれを建物付で五〇〇〇万円弱という極めて安い価格で競落している。被告は接道義務を満たさない土地であり、建替えができないことを十分に認識し、それを甘受した上で、それを前提とした低廉な価格で被告土地を競落により取得したのであるから、被告が建替えができなくなる不利益を受けることがあってもやむを得ないというべきである。
(5)① 囲繞地通行権の通路の幅が2.5メートルを超えて認められた場合、原告第一建物の玄関部分が相当程度通路部分に含まれ、玄関部分が事実上使えなくなるため、当該部分を造り替える必要が生じる。また、原告第二建物は、玄関の開閉に支障を及ぼす上、場合によっては通路部分に面する壁面を取り壊す必要が生じ、大規模な改築工事を余儀なくされ多大な支出を強いられる。
これに対して、被告は、被告土地を競落する前に通路幅が2.5メートルであることを確認して、現況及び再築不可の事実を受忍して購入しており、また、被告建物は改築後一九年程度しか経っていない上被告が建物購入後に大規模な修繕を行っており当面の間改築の必要性も認められない。
したがって、現状のままでも日常生活に支障がないから、原告の多大な犠牲の下において被告のために2.5メートルを超える幅員を認める必要はない。
② 囲繞地通行権の通路の幅が三メートル認められた場合、次のように不当な結果をもたらす。すなわち、被告は、被告土地が公道から二五メートル入った一種の盲地であることを承知した上で被告土地を競落したものであるのに対し、原告は、前記のとおり既存建物の取り壊しを強いられる他、右幅員が認められることの反射的効果として、建築基準法上、当該通路の面積が原告土地に含まれず、その分原告土地全体に建ぺい率・容積率等の制限が追加して課せられる結果となる可能性が高いのであって、経済的な不公平は回復し難いものである。
③ 被告は、囲繞地通行権の通路として幅員四メートルの通路の開設を求めることができると主張する。しかし、東京都建築安全条例第三条によれば、路地状状態の長さが二〇メートルを超える場合には幅員三メートルが必要とされるが、それでもって足り、幅員四メートルが必要な場合は床面積が二〇〇平方メートルを超える場合である。
そして、現在の被告の所有建物の床面積は117.78平方メートルであること、被告は被告土地に居住することを望んでいるにすぎず、三メートルを超える幅員は望んでいないこと、昭和三六年の共有物分割協議時において被告土地に共同住宅のような大規模な建物を建築することを予定していたとは考えられないことからすれば、幅員四メートルを認めることはできない。
2 被告の主張
(一) 囲繞地通行権の内容である通路の幅員を定めるには、袋地である被告土地の現況が宅地であることから、宅地としての効用を全うさせるために建築関係諸法による制限をも斟酌すべき事情として考慮に入れなければならない。囲繞地通行権は一面で他人の土地の利用を制限するものであるが、それは囲繞地の利用を図るため民法が規定したもので、宅地は宅地として利用できるようにすることが法の趣旨に適うものであり、建築関係法規により再建築できないことは将来にわたってその土地の利用価値を消滅させることになり、民法の規定の意義がなくなってしまうからである。しかしながら、これは無制限のものではなく、通路を提供する側の土地がこれにより狭隘化して利用価値が極端に低下する場合にまで通路の幅員の確保を求めるものではない。本件の原告土地は全体の面積が四二二平方メートル余と広く、法規上の要請である四メートル幅の通路を提供してもそれほど価値が低下することもなく、宅地として利用できない矮小土地になることもない。
ところで、建築基準法四三条及びこれに基づく現行の東京都建築安全条例三条によると、敷地の路地状部分の長さが二〇メートルを超えるとき必要な幅員は三メートルであり、建築物の延べ面積が二〇〇平方メートルを超えるときは四メートルである。
被告は定年退職直前の平成六年一二月二日、夫婦と子供の五人家族の居住のために、被告所有建物を競落して入居したものである。右建物は一部手直ししたものの、現在築後一九年経過していて修繕箇所が多く、風通しが悪いため床下の根太や杭の基部に腐食があり、家族の加齢による使い勝手があるので五、六年先に改築したいと計画している。
また、被告土地は二〇九平方メートルであるので延べ面積は三一三平方メートルの建物の建築が可能であり、被告はこの条件のなかで子供たちとの三世帯住宅を建築する予定である。
そうすると、右建物の建築のためには、建築基準法上の規制から通路として四メートルの幅員が必要である。
(二) 囲繞地が生じた由来も通路の幅員を決める要素となる。被告土地は原告土地と共に一筆の土地として相続し三分の一ずつの共有となっていたものを相続人間において共有物分割をした結果囲繞地となったものであるが、相続人は右両土地についてそれぞれの土地上に住居を建築し所有していることから、それぞれが建物の建築を目的として取得したものである。
したがって、原告土地を取得するものは、被告土地上に建物を建築するための建築関係法規の要請する通路を提供することを承知した上で分割を行ったと推認できる。そうでなければ、共有物分割の手続きは極めて不公平であり、取得するものの価値において極端な差があり、このような分割は公序良俗に反すると言ってもよく、右法規の要請に適う四メートルの幅員の通路を提供する責務がある。
第三 争点に対する判断
一 原告土地について被告が有する囲繞地通行権の範囲、特に幅員について
1 前記認定の事実及び証拠(甲四、五、九の一ないし四、一五ないし一八、乙五、一一、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 昭和三六年九月一五日共有物分割が行われ、原告が原告土地を取得し、安積公子が被告土地を取得したが、その際、原告と安積公子との間で通行権についての取決めはなく、原告は安積公子が経済的に困っていたため、勝手に被告土地を売っては困るので被告土地を袋地とした。
(二) 原告土地上の原告第一建物は昭和三六年一二月七日保存登記され、そのころまでに建築されたものであるが、その後玄関の前にあった大谷石の塀及び木戸が取り壊された他は右建物に変更はない。
公道から被告土地に至るには、おおむね現況図(甲四)記載の原告第一建物と東側ブロック塀の間を通行する必要があり、その位置関係及び距離は同建物玄関前の塀及び木戸を除いて同図面記載のとおりであり、その形状は、①東側ブロック塀が公道と接する部分は塀があり直線では公道に出ることができず、L字型に曲り階段及び原告家屋の門を経由して公道に出るものであり、②その幅は一様でなく、また樹木や庭石が点在しており、その影響もあり最も狭い部分で1.2メートルである。
また、右玄関前の大谷石の塀及び木戸は完全に右通路を閉塞し、右通路を通行するためには幅約0.7メートルの木戸を開閉しこれをくぐる必要がある。玄関前の部分は現況でも大谷石の塀の西側部分があるため、右部分の通路の幅は約0.9メートルである。
(三) 被告土地には、昭和四一年一二月二〇日頃原告第二建物が建築され、その際の建築確認申請は原告第一建物の増築としてなされ、右建物には原告の姉である滝沢李子が居住したが、現在原告第二建物が存在する場所にあり除却された離れに居住していた。
(四) 昭和五五年五月二一日、被告土地上に被告建物が安積公子の子である安積健夫によって建築され、以後同建物に安積公子が居住することになった。その際の建築確認申請は、前記第二、二、4、(二)、(3)のとおり、原告第二建物を原告土地に移築し、原告土地を三メートル幅で通路として利用し、これに抵触する建物等を除却することとしてなされたが、右建築確認申請の際、原告土地の所有者である原告及び建物等の所有者である滝沢一郎の承諾はなかった。
以上の事実が認められる。
なお、(四)について、証拠(乙五、一〇、一一、証人大柄広行)によれば、右建築は東京ミサワホーム株式会社によってなされたこと、当時の同社の通常の取り扱いでは、施主に対して建築確認の際通路の所有者の承諾書並びに除却建物の所有者の承諾書が必要である旨説明していること、右各承諾書がなければ建築確認はなされないことが認められる。しかしながら、右建築確認申請の際申告された建物の除却については、安積公子が居住していた離れが除却され、原告第二建物が被告土地から除却されたのみで、原告第一建物の一部の除却はなされていないこと、原告第二建物は三メートルの通路にかかる形で移築されたこと、その後原告土地の通路の形状に変化はなかったこと、原告本人は承諾したことを否定していることが認められ、右認定の事実と前記(一)及び(二)認定の事実に照らすと、右建築確認申請に際して原告及び滝沢一郎の承諾がなされたと認めることはできない。
他に前記(一)ないし(四)認定の事実を左右するに足りる証拠はない。
2 原告は、共有物分割の当時の当事者の合理的意思解釈として、原告と安積公子との間で、被告土地の通路幅を約二メートルとして分割がなされ、これをもって足りるとする意思であったと解され、そうである以上当事者及び承継人はその不利益を受けてもやむを得ないと主張するが、右共有物分割当時及びその後の経過に関する事実によれば、そのような意思であったとは到底解することができない。
なお、原告本人は被告土地を袋地とすることについて安積公子は了解していた旨供述するが、右供述は直ちに措信できず、また、仮に了解していたとしてもかかる合意は不当なものであって当事者及び承継人を拘束するものとはいえないことは明らかである。
3(一) 如上認定の事実すなわち、①被告土地は路地状部分が二〇メートル以上である袋地であること、②建築基準法四三条一項及びこれを受けた東京都建築安全条例三条によれば、路地状部分が二〇メートル以上の場合少なくとも幅員三メートル以上の通路が必要であること、③被告土地は宅地であり、周囲も木造一般住宅が所在する地域であること、④被告土地はもと一筆の土地が共有物分割により原告土地と被告土地に分割され、かつ、被告土地は当時更地であったことからすれば、右分割の際、被告土地のために右建築基準法令を満たす幅員の通路について、原告土地に対して囲繞地通行権が発生したと解するのが相当である。
(二) 他方、このように解すると、原告土地について右の限度で狭くなり、また、原告第一建物、第二建物及び公道との境界の塀について取り壊しの必要が生じることになる。
しかしながら、如上認定の①原告土地は四二二平方メートル余の広さがあること、②原告第一建物、第二建物及び公道との境界の塀は、本来右分割時に被告土地の通路として確保されるべきものであったのに、原告と安積公子との身分関係等から、これがなされなかったというべきであること、③囲繞地所有者である原告は分割当時からの所有者であり、原告自身が袋地の形成に与っていること等の事情からすると、右囲繞地通行権を認めることが利益較量上不当に囲繞地所有者である原告を害するものということはできない。
(三)(1) 原告は、被告土地について接道義務が満たされた場合被告土地の価値は約三倍になるところ、被告は接道義務を満たしていないことを認識した上で低廉な価格で競落したとして、接道義務を満たす通路を認めることは不当であると主張する。
(2) 確かに証拠(甲一〇ないし一三)によれば、被告が競落するに至った不動産競売事件の評価書及び現況調査報告書中には、被告土地の通路の現状について庭の一部を出入りに使っているにすぎず通路と呼ぶべき程のものでない状況にある旨、通路問題が未解決である旨、通行権の具体的内容について判然としない旨それぞれ記載されていることが認められ、また、競落当時の通路の状況は前記認定のとおりであったことが認められる。
(3) しかしながら、囲繞地通行権の趣旨は隣接する土地相互の利用関係を調整する公益的理由にあるところ、袋地所有者である被告の主観的事情は、被告土地の利用自体の利用調整直接の関係はないから、そのまま利益較量の一要素となるのでなく、具体的請求における権利濫用の判断の資料と解するのが相当である。
そして、これまで認定した事実及び証拠(乙一、一二、一四、被告本人)によれば、被告は被告建物及び被告土地を競落したこと、被告の取得目的は、転売による利益を取得することではなく、自ら及び家族の居住の目的であること、本件は客観的に見て囲繞地通行権が存在する蓋然性が高い事案であることが認められ、本件訴訟に至る過程及び本件訴訟における被告の主張が権利濫用になるということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(4) 被告は、被告土地のための通路の幅員は、被告土地に床面積が二〇〇平方メートル以上の三世代住宅を建てることを前提として、四メートルが必要であると主張する。
しかしながら、如上認定によれば本件の囲繞地通行権が生じたのは昭和三六年の共有物分割当時であるところ、当時三世代住宅は普及してなく、床面積も通常二〇〇平方メートル以下であったことは周知の事実であること、証拠(乙四、六の一ないし三、鑑定の結果)によれば、現在の被告建物の床面積は111.78平方メートルであること、現行の東京都建築安全条例で床面積を二〇〇平方メートル以下と想定した場合必要な幅員は三メートルであること、幅員を四メートルとした場合原告は広い範囲に亘り建物等の取り壊しを余儀なくされることが認められ、これらの事実に照らすと、被告土地のための通路の幅告は三メートルと認めるのが相当である。
4(一) 囲繞地通行権の存在する場所につき、原告土地の東端・直線状の部分に存在することは当事者間に争いがない。したがって、被告は、幅員三メートルの通路の範囲で、すなわち、別紙物件目録(一)五記載の土地部分について囲繞地通行権を有すると解するのが相当である。
(二) 右通路の幅員を三メートルとした場合の原告第一建物、第二建物等との位置関係は別紙のとおりであることは当事者間に争いがなく、右通路について原告は被告土地のための通路と認めておらずその通行を許容していないことは、これまで認定したとおりである。
したがって、被告は原告に対して、右土地部分について妨害物の撤去及びその通行妨害禁止を請求することができると解するのが相当である。
二 結論
以上によれば、通行権の不存在を求める原告(反訴被告)の本訴請求は、幅員三メートルを超えて通行権を有しないことの確認を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。また、通行権の存在、妨害物の排除、通行妨害の禁止を求める反訴原告(被告)の反訴請求は、幅員三メートルの通路について通行権を有する確認、右部分についての妨害排除及び通行妨害禁止を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。
(裁判官・草野真人)
別紙
物件目録(一)、(二)<省略>
図面(一)、(二)<省略>